来岸寺でボロン
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朝5時過ぎにお寺を出発します。お寺のお墓はお寺の中にはありません。不思議がられることもありますが、戦後、都市計画のために墓地は市の東部に移転してます。平和公園といいます。名古屋市内の大部分の寺院の墓地が集まっているため、それはそれは壮観です。あちらでもこちらでもお経の声と調子をとる鐘の音色が聞こえてきます。
6時には平和公園につきましたが、なんとなく様子が変です。人が少ないのです。不思議だなあと想っていたら、だんだん人がこんできたので気にもとめませんでしたが、帰り道に不審は確信に変わりました。車もそんなに混んでいないのです。いつもは大混乱で、平和公園を抜けるのにも大変なのに・・・・?
そうか!野球だ。10時45分から野球の準決勝があるんでした。
かなりの視聴率をとったそうですね。お墓も参拝客が少なくなるくらいの盛況ぶりとは・・。
王さんには脱帽です。優勝おめでとう。
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天気がいいだけで本当にうれしくなるものです。なんか幸せな気持ちになります。
そして9時から、春の彼岸法要を総勢9名の僧侶と50名あまりのボランティアスタッフで、厳修しました。
しかし風が強いため、雨よけのテントと平テントが吹き飛んでしまいました。こんなことは初めてです。午前の部が終わったときに外を見ると、大騒ぎです。平テントは本堂前を覆っていたので、大変なことになっていました。風におよぐテントを捕まえるのですが、こっちも浮いてしまいそうになります。わーわーしていたら、高所作業が得意な檀家さんがはしごをたてかけてひょいひょいとひもを切ってくれて一段落です。
本堂にもどると、説教でみなさん笑い声に包まれていました。
法要はなんか親戚が集まるような雰囲気があります。普段は遠方に住まわれていたり、お仕事や家庭の事情でなかなかお目にかかることができない方に会える。これが法要ですね。小さかった子が、同じくらいの身長になったのに驚いたり、小さな赤ちゃんを連れてきてくれたり。あれ、今日あのこはきてないんですか?ええ、部活でねえ。なにはじめたんです・・・?やりとりが楽しいです。年数を重ねるのが、楽しいと思えます。
そして昼2時には、最後のご供養を終えました。600名ほどの参拝者を、スタッフのみなさんの努力で、スムーズにお送りすることができました。
3時すぎに、知る人ぞ知る第4部「スタッフの部」のご供養がはじまりました。そして総代さんを中心とした反省会です。この反省会で出るご意見は大変貴重で、想念寺の最大の財産ですね。次回の行事のために・・・。みなさんありがとうございました。今回初めて参加の小学生や30代の方、そして皆さん、寒い中本当にごくろうさまでした。次回もよろしくお願いします。
しかし、今日のWBC日韓戦はすごい盛り上がりでしたね。法要の合間合間に経過がもたらされて、スタッフの間は話題騒然。でもみんなどこできいてきたんだ?僧侶も例外ではありません。2時の部の後、いつもはお忙しい役僧のみなさん。どうもそのまま休憩室のテレビから離れられなくなったみたいです。試合終了まで休憩室で盛り上がっていたとのこと。そういえば昔はテレビとかみんなでわーわーいって見るのがたのしかったものです。サッカーも楽しいけど、今日は野球ですね。長島さんじゃないけど、めいくざどらま!
みんなですごすいいお彼岸です。
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今年の3月は忙しいですね。
ゆきがまったり、大雨が降ったり、暖かい日差しがふりそそいだり・・・なかなかゆっくりできません。それでも 「暑さ寒さも彼岸まで」。もうすぐ暖かな日和があたりまえのものになるでしょう。
春のお彼岸っていつですか?よくたずねられます。春のお彼岸とは春分の日の前後各3日間。合計7日間のことをいいます。
春分・秋分の日は昼夜の長さが同じになります。仏教の説く「中道」の教えにかなうとか、太陽が真西に沈む時期なので、西方極楽浄土におられる阿弥陀さまを望むのにふさわしいといわれています。
「彼岸」ということばは、仏の世界、その世界に行こうとする、そしていきつくことを意味します。 その為には六波羅蜜(ろくはらみつ)ー6つの徳目が必要とされます。
布施 物惜しみしない事
持戒 規律を守る事
忍辱 耐え忍ぶ事
精進 努力する事
禅定 心を静かに保つ事
智慧 よく考える事
先祖供養の為ではなく、仏の世界に行くことを願って、自らを振り返り、思いをする期間がお彼岸なのです。まあ修行の期間と考えましょう。ご自分の体調などに合わせて、一日一日をそれぞれの徳目をおもって考えてすごされるのも、24時間を6つにわけてすごされるのもよろしいのではないでしょうか。 「今の想いをなすこと」これが彼岸のこころがけです。
さて、今年の春分の日は3月21日のため、春のお彼岸は3月18日~24日になります。この1週間は心を見つめる修行の時です。こころ落ち着けてみましょう。
想念寺では 春の彼岸法要を 3月19日(日)午前9時から2時まで、僧侶6名の出仕で厳修させていただきます。どうぞお立ち寄り下さい。
また、春のおはかまいり(名古屋市千種区 平和公園 想念寺墓地)を3月21日(祝)午前6時~9時半におつとめいたします。青空の下であげさせていただくお経は気持ちいいですね。
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お伺いすると、いつも私より先に座布団に座り、わんわんと仏壇に向かって吠えるのです。
お経をあげているのです。ひとしきりあげると、座布団をおりてかわってくれます。
犬の「おまいり」さんです。
中国の地蔵菩薩霊場、九華山では、犬はお地蔵さまと共に歩く動物とされています。また人間の近くに暮らすので、来世は人間なのだそうです。ただし、口のきけない動物の時に、いじめられた犬は人間になったらいじめる人間になるそうです。愛された犬は愛情を注げる人間になるそうです。だから愛情をそそがなければならないと。いや、犬だけではなく、周囲の命に愛情を注がなければならないと。それに気づき、実践するのが私たちの修行だそうです。
お地蔵さまは、肉体的苦痛をとってくださる仏さまだそうです。犬をなでるだけで、精神的にも肉体的にも安定することが報告されています。アニマルセラピーですね。昔の人もきがついていたのでしょうか。
わんちゃんに教えていただきました。
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いきなりなにもないところにはえたのではなく、シイタケの菌が残っていた木に生えていたのです。
私の叔父が、石川県でシイタケを栽培しているのです。以前収穫を手伝ったことがあります。雨が降ると一斉に傘が開いてしまうので、時間との勝負でした。収穫してきたシイタケは乾燥機にかけます。農業は本当に大変です。しかしとりたてのシイタケのおいしいこと。今でもあのときの生シイタケの味になかなか巡り会えません。
おみやげにシイタケの菌を打ち込んだ木を2本もらいました。
とっくにわすれたまま何年もたっていたのですが、こどもがシイタケが生えているといってきたのです。傘はひらいていましたが、なつかしいにおいがしました。
来年もなってくれるでしょうか。
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この話を聞いたのはまだ秋くらいだったでしょうか。毎月お伺いする檀家さんの仏間からのぞく風景はいつも大きなお屋敷の蔵でした。あれよあれよという間に大きな家は取り壊されて、広い更地になりました。でも工事がある日とまりました。
「遺跡がでてきたんですね」
遺跡?そういえばこのお屋敷跡から百メートルくらいはなれたところのおうちが建て直されるときも、平安時代の住居跡がでてきたなあ。子供たちと見せてもらいにいったのが思い出されます。
「もっとふるいみたいですよ。弥生だとかいってましたね」
「ここは玉ノ井遺跡とかいうんですね。もうちょっと北にあがると高蔵貝塚もあるし。この斜面のすぐ下は当時は海だったそうですから。暮らしやすい丘陵地だったんでしょうね」
そういえば熱田神宮も海から見て小高い丘ー亀の甲羅にみえたそうです。蓬莱島ともいわれたそうですね。熱田神宮の南西、伝馬町にあるお寺、正覚寺さんも「亀足山」という山号なのはそこからなのかしらん。海を渡ってくる船人にとっては、ぽっかりと海に浮かんでみえたこの熱田の杜がとてもたのもしいものだったでしょう。
「だいぶ広い敷地にまたがっているみたいですよ。大勢の人が住んでいたんでしょうね。暮らしやすくないと人はあつまらないですからね」
この家の下も遺跡ですか?
「立て直したときは気がつかなかったですが・・。でもそうでしょうね。不思議な気持ちです。大勢の人がここで泣き笑いしてたんでしょうね。歴史ってこんなに身近なんですね」
熱田は大勢の人が集まっては去っていった土地です。源頼朝が生まれ、織田信長が馬でかけまわり、幼き徳川家康が幽居していた場所です。神話ではヤマトタケルが死してなお白鳥に姿を変えて別れのあいさつにきた場所でもあります。悲しい別れも懐かしい思い出、そして歴史の一ページ。
「でもあまり生活の道具がでてこないみたいですよ。もちろん陶片は少し出てるみたいですが。みんなどっかに移り住んでいったんですかね。でもなんとなくうれしいですよ。突然の別れが押し寄せたんじゃないという気がして。ちゃんとお別れできたんでしょうね」
仏檀に飾られた奥さんの写真がほほえんでいらっしゃるような気がしました。もうすぐ初彼岸です。
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最近身体の調子が悪くて、寺務を終えて帰ってはただひたすら寝ていました。パソコンを開く気もおきず、よし今日くらいはブログするかと思って接続しようとしたら、モデムにアラーム信号!もう、むきゃーって調子で、パソコンをとじたまま、天の岩戸状態です。
人間ががさつにできているので、一度つまづくと、徹底的にころがりおちていくので、動きが止まるまで、何もしません。いや止まっても何もしないという噂があるが・・・。
昨日、名古屋港に新造豪華客船「飛鳥Ⅱ」が入港したという知らせに胸がときめきました。と同時に、親切なNTTさんがモデムをあっさり交換してくれて、再びネット社会に突入です。
昨日の日曜日に久しぶりにお目にかかった方がとても多かったです。
それぞれ、お寺の檀家さんでしたが、その中には連絡がなくなって4年ほどたっている方々もいらっしゃいました。連絡がなくなるというのは、引っ越しをされたり、また諸処の事情であえて連絡をとられないことがあるのです。
その方は、兄を送り、父を送り、そして親戚の身寄りがない叔父も引き受けた30になるかならんかの青年です。生活をするのが一生懸命でしょう。しかし「オレしかおらん」と一念発起して、お墓をたてました。「オレがたてたお墓にみんないれるんだ!」と笑顔で語ります。そんな彼がお寺に来るときは前触れもなく本当に突然です。「いやあ結婚しました」きれいなおじょうさんをつれてきたとき。「来週親父の7回忌の法事したいんで」これが一週間前でした。ーどこで「すみませんけどお墓まで来てくれませんか?お墓の前でお経あげてもらいたいんすよ」ーで、いまどこにすんでんの?「あれえ、いってませんでした」ーもう何年もしらんよ(笑)
こないだの日曜は暖かくて本当にいいお天気でした。お墓に到着したのは約束の30分前。でも彼をはじめ、奥さんや親戚の皆さんはもう全員おそろいでした。お経をあげ、ーみなさんにごあいさつしたら?とうながすと、「えっ、みなさんありがとございました」ぺこりと一礼。ー今度は13回忌だぞ、でもちゃんとこなきゃいかんぞ「もちろんいきますよお、でも13回忌前にいきます」にこにこ笑顔です。
お墓から戻るとメモがありました。「お参りしたいのだけど、都合はいかがですか」
みると忌明け法要をしてからこのかた4年ほどご縁が切れていた方です。
電話をすると懐かしい声です。「ああ、おっさん突然だけど、おふくろの命日がくるもんでお寺でおまいりしてもらいたいんだけど」おげんきそうですね、でいつ?「じゃ夕方6時に」
約束の時間にお一人で来られました。「家内は今家の中で自力歩行の練習をしてます」奥さんは車イスの生活です。お葬式の時、本堂で不自由なお体でお母さんの通夜をしていらっしゃったことが思い起こされます。「おっさん、本当に今日突然でごめん。でもようやく顔出しができるようになったんだ」お聞きすると、連帯保証人で苦労されたこと、奥さんの病気の悪化、職業を変えて借金を返してきたこの数年間。「でも信用を失ったおれを信じてくれた今の社長がおってな」仕事をまかされて、今は60人の社員を抱えているそうです。「ようやくふりかえることができた。でもおっさんに電話しても、今まで不義理にしてきたから断られるかと思った。」
「家内が車イスでこれからくるといってます。よろしくお願いしますね。」
4年前とはちがって今ではお寺に車イス用のスロープもあります。そうだ、つくる動機にこの人の姿もあったんだ。今、思い出した。
過去にしばられるのは苦痛ですが、過去をふりかえるのは余裕の心があるときですね。
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