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2012年3月21日 (水)

卒業しました

卒業しました
いつも一緒にお経をあげている、息子が小学校を卒業しました。
ほとけさまに感謝のお参りをしたあとの記念撮影です。
これからもよろしくお願いします。

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2012年3月11日 (日)

灯の集い

灯の集い
灯の集い
灯の集い
夕方5時からめいしんさんで供養祭をつとめさせていただきました。寒いなか大勢の方と一緒にてをあわせてました。

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祈りましょう

14:20 本堂でお参りをします。

案内も特にしていないのに、集まってこられている方々がいらっしゃいます。

みなさんとともに手を合わせます。

南無阿弥陀仏。

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祈りの日

想念寺にご縁のある皆様へ

この一年様々な思いでお過ごしになられたと思います。

遠く離れた名古屋でもあれほどゆれたのですが、それでも現地の方々が

あの瞬間から経験された様々な苦しみは表現できないものとおもいます。

昨年のあの日、私たちは、東北の人々の叫びを耳にして、なにもしてあげれない苦しみに

慄然としました。

直後にお寺を訪ねられた方々の中には、子どもが夜泣きするんです、

といってあまりねむれていない顔を向ける母親や、

本堂にお飾りしてある供養の位牌を見て泣き出した男性も少なくありませんでした。

その姿はしかし美しいものでした。


その苦しさは、私たち自身のなにから生じたのでしょう。

「同悲同苦」ということばがあります。

仏教の用語としてよくでてきますが、実は典拠が明らかではありません。

私はかねがね、仏教者としてなさなければならない規範のひとつとして受け止めてきました。

しかしこの言葉を頭に置いて実践しようとすると、かえって苦しみが深まっていくような気がします。

結果としての心をみつめたときに、ぴったりする表現としてでてきた言葉なのではないでしょうか。

いつごろからかつかわれはじめたのでしょうかね。

そんなに古くはないのかもしれません。

いずれにしても、慈悲という「心の内に隠れた姿」が顕れて動き出した結果なのではないかと思うのです。


苦しいと思う気持ちは今も息んでいません。

たぶん息むことはないのでしょう。

こうやって生きていくことだけが、私たちのなすことが許される行なのでしょう。


今日は祈りの日です。

こころを平静にして、祈りましょう。


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2012年3月10日 (土)

3月の朝がゆ会

3月の朝がゆ会
恒例、愛知教育大学の男声合唱団のみなさんです。がんばれ!

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2012年3月 9日 (金)

朝日新聞に掲載

朝日新聞に掲載

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送りました

送りました
岩手県大槌町の法要にむけて送りました。このほかに花を愛知県仏教会で1600本。皆様のお力添えあってのことです。ありがとうございました!

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